今日は、というか今日こそは。マニラの中心、イントラムロスの散策に出かけます。旅人魂を抜かれていた昨日までとは違って、ベテランバックパッカーのあっちゃんが合流したことで、今日は旅にメリハリが生まれる…はず。
イントラムロス(Intramuros)とは、スペイン統治時代の要塞跡で、その時代のスペイン支配の中心だった場所です。そもそも、この砦を中心にマニラが発展したので、いわば「1丁目1番地」です。スペイン語で「壁の内側」。英語に直すとInner wall です。第2次大戦で一度破壊されますが、再建。ヨーロッパ風の街並みが残っており、ビガンと同じく、街中でカレッサ(馬車)を見かけることができます。
まずは、昨日も来たリサール公園を通って、北上します。やっぱりどてーっと並ぶ銅像たちがなんともいい。
【アポリナリオ・マビーニ】泊まったホテルがMabini通り沿いだったので、思わず注目。恐らく、彼の名に由来しているのだろう。
貧しい環境から勉学を続け、フィリピン独立革命の「頭脳」と呼ばれるまでになった理論家。主席顧問としてアギナルドに協力し、フィリピン共和国の初代首相、外務大臣などを歴任。憲法草案の起草も彼によるもの。アメリカへの忠誠を拒んでグアムに亡命。
本当は公園内の「フィリピン政治史博物館」ってのを見学したかったんですが、あいにくの休館日。というわけで、ダイレクトにイントラムロスへ。
■2つの教会
■2つの教会
見えてくる城壁。まず向かうのは、サン・アグスチン教会(San Agustin Church)。ルソン島にいくつか点在する教会とあわせて、「フィリピンのバロック様式教会群」として世界遺産にも登録済みの物件です。ビガン歴史都市に次いで、フィリピンで2つ目の世界遺産。フィリピンでは一番古い教会の一つです。
サン・アグスチン教会。右側は旧修道院を利用した博物館 |
教会内部 |
続いて、マニラ大聖堂(Manila Cathedral)。さっきのアグスチン教会よりも大きいです。欧州放浪の際に聖堂はいくつも見てきましたが、それらと比較してもかなりの規模です。こちらは世界遺産ではありませんが、マニラ大司教の座すフィリピン・カトリックのいわば総本山。この日は日曜日ということもあって、相当込み合っています。
大聖堂内部 |
聖堂内の展示ブースで、気になるものを発見。フィリピン全土の、司教区の階層図らしきもの。当然、マニラ大聖堂が頂点に陣取っているのですが、ん? なんか一番隅っこに追いやられてる聖堂は…。いままでいたバギオの大聖堂じゃないか! どうしたバギオ! バギオ大聖堂はフィリピン・カトリックの中じゃ窓際族なのか!?
一番左下がバギオ大聖堂。不自然なくらい、端っこに追いやられてます |
■華僑博物館
次に向かうのは、華僑博物館(Bahay Tsinoy)。フィリピン社会を語る上で欠かせない、中華系フィリピン人の博物館です。現地では彼らをTsinoy(チノイ)と呼ぶらしい。
それにしても、チノイのもつ影響力はフィリピンにおいて絶大です。政財界にも華僑、あるいは中華系の血を引いている人間はかなり多い。
例えば2人の大統領を輩出したアキノ家、同じくマルコス家などもそれです。マクドナルドを抜いてフィリピンにおけるファーストフードシェアNo.1、ジョリビーの創業者トニー・タンも華僑で、陳覚中という中華名を持っています。そうえいば、フィリピン最大の英雄、ホセ・リサールも中国の血をひいています。
フィリピンと中国が、歴史的にいかに強いつながりをもつかということが力強くクローズアップされてます。確かに見方によっては、フィリピンへの影響は、この地を植民地化したスペイン・アメリカよりも中国のほうが大きいのかもしれません。
おもいっきり中国人向けに作られた博物館であるらしく、正直、日本人の僕らが見学しても、あまり面白いとはいえないかもしれません。第2次大戦のブースでは、日本軍が必要以上に残虐に演出されている感じも否めず、全体的に政治宣伝臭がただよってます(笑)ただ、そういうイデオロギッシュな展示はともかく、文化・風俗に興味のある人には楽しめる場所だと思います。フィリピン社会に、いかに中国文化が溶け込んでいるかを再確認できます。
博物館を出て、次はサンチャゴ要塞へ。記事は「イントラムロス(後編)」に続きます。
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