ブログ紹介

フィリピン・バギオ市在住 ㈱TOYOTAのブログです。旅日記・書評・メモなどなんでも詰め込むnaotonoteの文字通りオンライン版。
現在は英語学校 PELTHで働いています。過去のフィリピン編の記事は、学校のブログに転載しています。

2011-09-02

スモーキーマウンテン

【2011.07.28】
マニラ郊外の、パヤタスという場所を訪れました。「スモーキー・マウンテン Smoky Mountain」もしくは、「ダンプ・サイト Dump Site」といったほうが有名かもしれません。マニラ首都圏から集まるゴミの集積地で、ここでは、ゴミを拾って生計を立てている人々(スカベンジャー)が暮らしています。

このスモーキーマウンテンは、僕らの世代(10 - 20代)の間では、比較的知名度が高いのではないかと思います。というのも、漫画『ONE PIECE』で、作品の舞台「グレイ・ターミナル」のモデルとして紹介されているからです。

主人公ルフィとその義兄エースの育った場所・グレイターミナル。
周辺地域のゴミが集まってくるため、不確かな物の終着駅(グレイターミナル)と呼ばれる。


僕はバギオで約3ヶ月暮らして、かなりフィリピンが好きになったのですけれども、フィリピンの闇の部分、というか、アナザーサイドもきちんと見ておかないな、と思い、今回スモーキーマウンテンの見学ツアーに応募しました。

今回参加したのは、NGO・Saltによるスタディツアー

パヤタスが近づくにつれ、ジャンクショップが目立ってくる。
■カシグラハン

まずは、カシグラハンという場所で事前学習。ここカシグラハンは、パヤタスのゴミ山崩落事故(後述)の被害者、そしてマニラ中心部スラム街の住人を移住させるために整備された場所で、約3万人が暮らしています。エストラーダ政権時代に整備された地区であるため、EDSA Ⅱ(第2次エドゥサ革命)で失脚したエストラーダが2010年の大統領選挙に再出馬した際も、ここの住人はほとんど彼に投票したそうです。

現地の方から、生活の様子や、町が洪水に飲まれたときの説明を受けます。そして、実際にここで暮らす人の家庭訪問。生の声をいろいろ聞いてみると、生活水準は確かに「貧困」のそれなのですが、そんなに暗い印象は受けませんでした。国民性もあるのでしょうが、ここに住む人々は地域のコミュニティがしっかりしていて、みんな顔見知りの仲。そのおかげか、生活水準が低いからといって、不幸を感じていることはあまりないとのこと。
カシグラハン家庭訪問。現地の人(タガログ語) → NGO現地スタッフ(英語)
→ 日本人スタッフ(日本語)と、3段階通訳でコミニュケーション。
思い切って、聞いてみました。
「失礼な質問だったらごめんなさい。もしできるなら、ここから出て、別の場所で暮らしたいと思いますか?」
「いいえ。ここから出ても、知り合いも仕事もないし、私はここでの暮らしに満足しているわ」
とのこと。笑顔で返されたので、思わずこっちが動揺してしまいました。

■ゴミ山崩落事故

そして、パヤタス。まずは、2000年に起こった、ゴミ山崩落事故の説明を受けました。パヤタスは、ダンプサイト(ゴミ放棄地点)の真横に位置する集落ですが、貯めにためたゴミの山がついに崩れ、ふもとのバラック小屋と、数百人の人を飲み込んだ事故です。このニュースは世界的に注目されました。各地のNGOによる支援が活発化したのも、この事故がきっかけだったそうです。

今はNGOのスタッフとなっている、当時スカベンジャーとして現地で働いていた人の話も聞けました。曰く、「大きな音がして、気付いたら家が飲まれていた」「ゴミが熱を持っているので、掘り返して飲まれた人を探すことができなかった」。非常に生々しい証言です。日本人である僕は、思わず3・11大地震後の現地報道を思い出してしまいましたが、地震などの災害や戦争の証言を聞くことはあっても、ゴミ山の崩落という事故(あるいは人災)の証言が聞けるのは、世界広しといってもここだけでしょうね。
崩落事故の記念碑。この真後ろの山が、ダンプサイトになっている。
実際にゴミ山もこの目で見てきました。ただし、現在ゴミ山に立ち入りが許されているのは、許可証をもったスカベンジャーだけ。僕ら見学者は、一番近くで見れる場所から眺めることしかできません。写真撮影も禁止。フィリピンのマイナスイメージ拡散を嫌う政府による措置のようです。よって、このブログでも実際のゴミ山の様子はお見せすることができません。

僕が見ることのできたゴミ山は、崩落事故の当時とくらべると、だいぶコンパクトになっているみたいです。また、ゴミも無造作に捨てられているわけではなく、土と混ぜ、崩れることの無いように埋められていました。

そもそも、ここパヤタスのダンプサイトが「スモーキーマウンテン」と呼ばれるようになったのは、無造作なゴミの集積により、化学反応と日光の熱で勝手にゴミが燃え出し、ゴミ山が常に煙を立てていたことから呼ばれるようになった名前です。この熱を持ったゴミが崩壊したので、事故の被害が拡大してしまったわけです。

が、今はそのようなことはなく、ゴミの投機、埋め立て、スカベンジャーによる収集などの一連の動作は、かなりシステマチックに行われているため(このあたりの事情に関しては、次の記事で詳しく述べます)、ゴミ山が崩れそうな気配は流石はなく、もはや煙が立つこともありません。

■パヤタスで暮らす人々

パヤタスでも、現地で暮らす人の家庭訪問を行いました。訪ねたのは、ツアーの企画元NGO Saltの奨学金制度を利用している小学生、エンジェルちゃんの家。

彼女の話で印象的だったのが、「80ペソで家族5人の食事をやりくりしている。ジョリビーでご飯を食べるのが、夢というか、たまにしかできない贅沢なんだ」とうこと。

マニラで大人ひとりがお腹いっぱいになる程度のご飯を食べようと思ったら、まぁ50ペソくらいは必要だと思います。それを、80ペソで5人分。ジョリビーとは、フィリピンのファーストフード最大手チェーンで、マックみたいな感覚です。そこで食事をするのが、贅沢だ、と。


ただ、ここでも、前述のカシグラハンの家同様、あまり暗さは感じませんでした。ゴミ山のふもとで、治安も相当悪いのかなと想像していたのですが、そうでもありません。昼間ってこともありますが、実際、路上では子供達が元気に遊んでいます。殺人・強盗などの凶悪事件がないわけではありませんが、それはマニラの他の地域でも同じこと。家も、日本のそれと比べたら確かに貧しい作りですが、バギオで見た一般的な現地人の家と、大して変わりは無いように思えます。

その後、NGO Saltの活動を見学し、一日のまとめとして参加者全員でディスカッションを行って、ツアー終了。ゴミ山と、そこで暮らす人々を見ていろいろと思うことはありましたが、これについては別の記事で詳しく書きたいと思います。

ツアー終了後は、夕食を食べて学校へと帰る友人の見送りへ。バギオからわざわざツアーに参加した2人の友人のうち、今日帰るのは1人だけ。もう一人は、もう少し学校をサボってマニラに滞在し、僕のマニラ散策に同行してくれます。

MRT North Avenue Station 前のバスターミナル。実はここからでも、バギオ行きのビクトリーライナーに乗れるんです。 ただし本数は相当少ないので、普通はパサイの乗り場から始発で乗ったほうが無難。
明日からいよいよ、マニラ観光を本格的に開始です。

【フィリピンの旅 マニラ編】
・マニラ滞在記 01 -マニラ到着-
・マニラ滞在記 02 -ケソン合流作戦-

・マニラ滞在記 03 -スモーキーマウンテン-
・マニラ滞在記 04 -エドゥサ聖堂-
・マニラ滞在記 05 -リサール公園 / 再会-
・マニラ滞在記 06 -イントラムロス(前編)-
・マニラ滞在記 07 -イントラムロス(後編)-
・マニラ滞在記 08 -ムスリム街-
・マニラ滞在記 09 -聖トマス大学 / ボニファシオ-
・マニラ滞在記 10 -帰国-

フィリピンの旅 記事一覧



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