ブログ紹介

フィリピン・バギオ市在住 ㈱TOYOTAのブログです。旅日記・書評・メモなどなんでも詰め込むnaotonoteの文字通りオンライン版。
現在は英語学校 PELTHで働いています。過去のフィリピン編の記事は、学校のブログに転載しています。

2008-05-12

Slovakian Sisters

その日は、プラハで古川さん・まりこさん・眞熙とオサラバした後、プラハ中央駅から夜行列車でポーランドのクラクフへ向かう予定だった。
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…が、クラクフ行きの最短ルート・オストラーヴァ Ostrava経由の便は満席。予約が必要というわけでもないけど、コレじゃあ車内で寝れない。今日は一日朝早くからプラハを観光して、おしゃべり眞熙に付き合って、だいぶ疲れていた。夜眠れないのはツラい。今まで夜行列車がこんなに込み合うことはなかったが、週末だからだろうか。

仕方なく、時間がかかることは覚悟でスロヴァキアの首都・ブラティスラヴァ Bratisrava経由でクラクフを目指すことにした。幸い、こちらの路線は込み合うこともなく、じっくり睡眠をとって、疲れを癒すことが出来た。朝方5時、ブラティスラヴァに到着。そこからジリナ Zilinaで乗り換えて、クラクフを目指す。ヨーロッパの電車は、どんな鈍行でも、地下鉄でも、ボックスタイプの向かい合った客席が一般的。ブラティスラヴァ発の電車では、自分の前に少女とお母さんの親子が座った。

ブラティスラヴァ - コシツェ Kosice間という、スロヴァキアの首都と第2の都市を結ぶ路線なので、日本で言ったなら東京 - 大阪間の東海道線みたいなものだ。だが、正直退屈である。景色はずっと田舎じみていて落ち着くが、あまり変化がない。ただ、駅に止まるたび、乗り降りがある。途中の駅で、小さい女の子が2人座った。

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何の変哲もない道中に変化が起きたのは、その子達が退屈しのぎにか、突然歌いだしたからだ。その声は、すぐに客車中に響き渡り、歌いだす2人を見て、周りから同じくらいの年の女の子達が集まり出してきた。次々と集まりだす少女達。客室はあっという間にライブ会場になってしまった。自分の前に座っていた少女も、当たり前の様にそれに加わりたがる。お母さんが相槌をうち、さらにメンバーが一人増えた。最終的に、7・8人集まったと思う。

凄かったのは、歌がきちんとパートに分かれていて、きちんとハモったり、ソロパートになったり、手の振り付けなんかもあったことだ。きちんとしたゴスペルだ。
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歌い終わった後に、思わず拍手をしてしまった。自然と目が合う。思い切って「もっと歌ってくれ」って頼んでみると、彼女達は快くリクエストに答えてくれた。前日、眞熙の勧めで初めてのジャズバー生演奏を聞いていたが、それとはまた違った感動と興奮が身を襲った。
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そのうち、シスターらしき先生がやってきた。彼女は英語が出来たのでいろいろ聞いてみると、彼女達は、スロヴァキアの修道女見習いなんだそうな。これから大きな教会へ行き、しばらく俗世との関りを絶って、修行の身となるらしい。歌がゴスペルっぽかったのには、そういう理由があった。彼女達の多くは、両親が先立って、孤独の身らしい。教会で修道女となることで、生活が保証される。

しかし、彼女達の歌には暗さのかけらもなく、生き生きと、朗らかに歌う。こんな可愛い娘たちが仕えてくれるなんて、神様はさぞ幸せ者だなーと思った。

自分が日本から来たこと、名前を「TOYOTA」ということを告げると、ちょうど横を、車を積んだ貨物列車が併走したこともあって、これがウケた。お返しに日本の歌を聞かせてあげたり、彼女達の名前を無理やり漢字にあてはめて、筆ペンで書いてあげたりしているうちに、だいぶ打ち解けられた。
彼女達がやけに熱心に聞いてきたのは「ゲイシャ」についてだった。こっちでは渡辺謙・チャン・ツィーの『SAYURI』が人気を得ているらしく、芸者についての興味が高まっているらしい。自分も詳しくはないが、彼女たちが娼婦ではなくプロフェッショナルであること、日本のサムライでヒーローのリョーマ・サカモト(坂本龍馬)やコゴロー・カツラ(桂小五郎)の妻は芸者だったことなどを話すと、喜んでくれた。

さらに、彼女達は歌を教えてあげるから、一緒に歌おうといってくる。なかなか発音が難しかったが、面白い曲だった。確か『オフォレラ・ミシュカ・マラ』という歌で、なんらかのストーリーのある歌だったと記憶している。どなたかご存知ないだろうか。
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そのうち、乗換えをするはずのジリナはとうに過ぎ、電車は終点のコシツェに着いていた。場が盛り上がってしまっていたので、今さらここで乗換えだとは言いにくかったこと、なによりもこの旅行では現地人とのふれあいを大事にしたかったことから、そのまま終点まで言ってしまうことにしたのだ。

コシツェに着いても、道中すっかり仲良くなっていたので、先生のお許しのもと、修道女のうちの一人が自分をコシツェ案内に付き合ってくれた。スロヴァキアは、特に目当てがあったわけではないけど、彼女達との出会いも含めて、とても人々の優しさが伝わってくるいい国だった。
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余談ですが、この後、旅のスタイルにバックパッカーを選んでホント良かったと思いました。地元人のナマ歌聞けたし、気まぐれで目的地帰られるんだから、普通の旅行では味わえない旅がしたいなら、やっぱバックパッカーです。


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