ブログ紹介

フィリピン・バギオ市在住 ㈱TOYOTAのブログです。旅日記・書評・メモなどなんでも詰め込むnaotonoteの文字通りオンライン版。
現在は英語学校 PELTHで働いています。過去のフィリピン編の記事は、学校のブログに転載しています。

2013-04-02

英語学校 PELTHで働き始めました

お久しぶりです。バギオのTOYOTAです。 

このたび、新たに立ち上がることになった、バギオの英語学校 Pinnacle English Language Training Home、通称PELTHで働くことになりました。

オープニングスタッフとしての参加で、経営にも参画させていただいております。主な担当は、現地スタッフとして生徒さんのお世話と、広報。

やるからには、ハンパな英語学校はつくりません。僕も、経営パートナーも、それなりの「理想の学校」像があるので、それの実現を目指して日々奮闘中です。

ありがたいことに、既に先行オープンしたFacebookページと、最近公開したばかりの公式HPを通じて既に数名の生徒さんからお申し込みをいただいており、今月から学校として徐々に稼働していく予定です。

公式ホームページは、こちらから↓

http://pinnacle.jpn.com/

http://pinnacle.jpn.com/
僕は当分、現地に張り付くことになりますが、日本へ営業で「逆出張」することもあると思います。その際はどうぞ、よろしくお願いいたします。


 
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2012-07-01

ベニグノ・アキノ像 -マカティ01-

マニラに行ってきました。

前回のマニラの旅で行けなかった、高級オフィス街マカティ地区が目的地です。前回の旅でマニラはケソンオルティガス・パサイ・エルミタ…とぐるっと一周したのですが、後で地図を見返して「マカティだけいってねー!」と思い出し、次のチャンスを狙っていました。今回は友人がマカティに住んでいたので、彼と合流するのも目的のひとつ。

今回の地図 (クリックして拡大)
Victory Liner Bus Terminal からEDSA沿いに歩いてマカティ地区へ
→ SM Mall of Asia → Ninoy Aquino International Airport Terminal 3(地図外)へ
深夜のバスでバギオ発。思いのほか早く、朝の4時に到着してしまい、待ち合わせまでの時間つぶしの意味でも、パサイのバスターミナルからマカティ地区まで歩いていくことにしました。マニラはタクシーの値段がアホみたいに高いし(しかもドライバーがやたらボってくる)、時間もたっぷりあるので、だったらマニラの夜の風景を楽しみ、散策します。

基本的には、マニラをぐるっとまわる大環状線・EDSA沿いにまっすぐ歩くだけ。以下は、途中で撮影したマニラの夜の光景です。






夜に路上で寝てる人がいるあたりがなんともフィリピンですが(笑)、なんといっても都市圏人口2100万をほこるメトロ・マニラ。バギオにはない「都市」の夜景がそこにはあります。





マカティが近づくにつれて、空も明るくなってきました。

友人と合流する予定なのはGreen Belt というショッピングモールですが、その前に是非見ておきたかったのが、フィリピンの英雄ベニグノ・アキノの銅像。歴史好きの自分としては、観光といえばその国の有名人の銅像や博物館めぐりが主な目的になってしまいます(笑)。

道中、思いがけない発見だったのがこちら。馬にまたがった女性の銅像。誰かと思って碑文を見てみると…
GABRIELA SILANG
反スペイン軍を率いて戦った最初のフィリピン女性。夫がスペイン人に殺された後、
屈辱をはらすために彼の兵隊を率いて反スペイン闘争に参加。
「女将軍」の異名をとるが、後に捕縛され、ビガンで公開処刑される(以上、碑文訳)
彼女については初めて知りましたが、南米やらフィリピンやら、ラテン系の植民地では女性革命家が多い様な印象があります(アニータ・ガリバルディ(イタリアの革命家・ジュゼッペ・ガリバルディの妻)とか)。やっぱりラテン系の激情の血がそうさせるんでしょうか。

んでもって、目的のベニグノ・アキノの銅像。



うーん。格好いい。大きな通りの合流点、かなり目立つ位置にたっています。さすが国民的英雄。ちょっと逆光で顔がわかりにくいので、下に別の写真をはり付けておきます。

ベニグノ・アキノは約20年におよぶマルコス独裁政権に反対した政治家で、83年、マルコス一派の手にかかり暗殺されます。死ぬ直前に彼の残した「フィリピン人のためなら死ぬ価値がある The Filipino is worth dying for」というセリフは、この国では非常に有名。

彼の暗殺に対する抗議行動が、後のエドゥサ革命(86年)へとつながり、マルコスは退陣。いわば、アキノの死によって現代フィリピンの歴史がはじまるわけで、自らの死によって高度に反独裁・民主主義のシンボルとなり、政治家というよりも思想家として高度に象徴化され、国民的英雄となった彼の生きかたは、もう一人のフィリピンの英雄ホセ・リサールにどこか通じるものがあります。


ちなみに、マルコス政権後に大統領の座についたのは、ベニグノの未亡人であるコラソン・コファンコ・アキノ(通称コリー)。現在の大統領はベニグノとコリーの息子であるニノイ・アキノ3世(通称ノイノイ)で、アキノ家は過去から現在にいたるまで、フィリピン政界における絶大な影響力を保持しています。
アキノファミリー。クリックして拡大。
ベニグノ・アキノは、戦後のフィリピン史(マグサイサイ時代 - ポスト・エドゥサ革命期)において無視できない存在であるだけでなく、非常に面白い人生を歩んだ人なので、そのうち彼についての伝記の様な記事も書きたいと思います。そのうちね…。

…さて、今回は個人的な趣味を反映したかなりマニアックな記事になってしまいましたが(笑)、マニラの旅は続きます。次回は、マカティの高級ショピングモール街の様子をレポートします。




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2012-06-13

歩こう 歩こう 私は元気 -街中編-

前回のフィリピン写真集「歩こう 歩こう 私は元気」ではテーマとして「田舎の景色」を設定していました。個人的には大好きな風景たちですが、もちろん、フィリピンは田舎だけの国ではありません。マニラは2100万人の人口を抱える世界第5位の大都市圏。人口では劣るバギオも、ダウンタウンはそれなりに栄えています。

今回は、「街中の景色」をテーマに写真を選んでみました。フィリピンの街並みは、実に多彩です。アメリカンな景色もあれば、スペイン時代の面影を残す街もあり。チャイナタウン、ムスリム街、リトルコリアなどの外国人街もあります。高級なオフィス街やショッピングモールもあれば、一方ではスラム街やブラックマーケットも。

本当になんでもありで、退屈しません

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I posted an article which featured rural scenery of the Philippines. But of course the country has another face; cities. Metro Manila and its around, the capital area has 21 millions of population which is 5th largest in the world.

This country really has a variety of faces. American, Spanish, Chinese, and Muslim Town. You can find luxury shopping complex and slum as well. So interesting that never make me boring.


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